読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ひよこがね

自分を好きになるためにできることを書いていきます

ヒプノセラピー(催眠療法)体験記

突然ヒプノセラピーを受けることにした

私は1か月前にヒプノセラピーを2回受けている

 

常々興味があったわけではなくて

ただ、体調をなんとなよくしたいとの思いから

地元で受けられる心理療法について調べている時に見つけた

ヒプノセラピーに興味を持って

今の自分に必要なんじゃないかと思ったからすぐに予約をした

 

 

ヒプノセラピーを受けようと思った理由

これまで私は生きづらさを何とかしたいと思って

書籍やネットの情報を元に自己分析を続けてきた

そして、ある程度思考や行動を変えることはできたけれど

自分以外の自分を演じている感覚が消えなかった

 

最終的に、生きづらさが消えない理由は”爬虫類脳”と呼ばれる部分に記憶されている

原初的な記憶が残っているからではないかと思うようになった

別な言い方をすれば、潜在意識に刷り込まれている自己イメージや他者イメージ

に言動を左右されている状態と考えた

 

私はこれまで自力でなんとかすることを優先してきたが

こればかりは自力ではむずかしいし、もうこれ以上時間をかけたくない

という思いから、人に助けてもらうために

ヒプノセラピーを受けることを決めた

 

クリニックの選び方

ヒプノセラピー自由診療で行われる心理療法のようで

やろうと思えば、誰でもやれるようだ

正直、誰彼構わずやってもらうのはとても気が引ける

 

幸い、たまたま地元の医大出身の女医さんが

ヒプノセラピーをやっており

自己紹介文やクリニックの紹介を読んで

”この人なら私の経験を肯定しないまでも、否定的には捉えないだろう”

と思い、予約をした

自由診療なこともありお金はかかるが、安全料ということと

長期的に利用するモノでもない(2~3回が利用の目安のようだった)

ということで納得できた

 

私のヒプノセラピーの捉え方

詳しいことはよくわからないけど私が体験したことには

自分が普段意識できないけれど

確かに自分が持っている対人関係や自己イメージを

いわゆる”催眠状態”で意識し、ことばで表現しながら

セラピストとの会話を通じて、イメージを自分の望むものへと

変えていく作業といった印象を持った

 

 

ヒプノセラピーを受けた感想

正直、よくわからないままセラピーを受けたので当日はなされるがままであった

セラピーを受ける前にヒプノセラピーの説明を先生から受けた時

爬虫類脳の話が出てきたので、私が求めることをやってもらえるかもしれないと思った

また、過去に私は被暗示性が高い(催眠にかかりやすい)と言われたことがあったことを思い出し

前向きな気持ちで受けることができた

 

セラピストが話をよく聞いて、私の希望を具体的に聞いてくださったこともあり

セラピーを受けてから、生きづらさの感覚はとてもうすくなった

 

セラピー中には”家族機能が健全な家庭で育つと、こんなに生きることが楽なんだ”

と実感する体験があり、大切な収穫のひとつとなった

 

良好な結果につながったポイントは、先生と信頼関係をき築こうとしながら

セラピーに積極的に取り組んだこと

思考(建て前)などを極力無視して、自分の本心を出したことだと思う

朝を楽しくする

夜寝るのが嫌なのは
明日が楽しみじゃないからだった

だから
朝、楽しいことをすればいいのではないか
と思い付く

朝楽しいのが普通になって

仕事をはじめても
朝が楽しければ
とりあえず夜に寝て
朝起きるところまでは
普通に楽しく過ごせるはず

楽しい朝ってどんな朝なのか
計画している

モラハラを知れば知るほど思うこと

モラハラをする代表的な人格として自己愛性人格障害あげられる

 

そこで、自己愛性人格障害を調べる

すると、誇大型と潜在型があることが分かる

そして、これまでの自分を思い出して

自分は潜在型に近いと気づく

 

面白いように自分の言動の説明がつくし

ポイントをおさえながら自分の言動を分析できるので

自分でも変化が面白いようにわかる

 

 

国内、海外の歴史的に大きな事件を起こしている人は

根本的に自己愛の未発達があったのではないかと思うようになった

 

また、バンパイヤなどの創作されれたものも

自己愛の未発達な人がモチーフとなって

作られたように思えてくる

 

 

最近、暗殺された人がいる某国も

自己愛が未発達な人に振り回され続けている印象を受ける

 

暗殺した人は自己愛が未発達だからこその言動に見えるし

暗殺された人は国から出たことで

自己愛を育てることができたのではないだろうか

だからこそ自由を愛したし

子どもを自律させることができた

 

自己愛の未発達が当たり前の一族の中で

自律を果たした人間が、今後どのように影響を与えていくのか?

これまでの時代には成し遂げられなかった

新しいことが起こるのではないかと

期待をしながらニュースを見ている

不登校になったそもそもの原因

私はいまだに不登校(出社拒否)癖?が抜けなくて

どうしたものかと試行錯誤している

 

それで

一体何を恐れているのか?

と考えてみたら

 

”こう”思われてしまうことが怖い

 

とイメージがでてきた

 

そしてよく考えたら

この”こう”というのは

 

障害を持つ父が

人から(或いは私が)思われているイメージ

 

そのままだった

 

 

ここではたと気づいた

 

 

恐らく思春期の私は

父と同化することで

母に対抗し

父の代わりに母に仕返し

をしていたんだろう

 

そして

本当の自分を探し続けていた

 

このことに気づいてから

私には

”本来の私の姿”

があったことを自覚できた

 

まだ父と一緒に暮らしていて

友人ともうまくいっていて

それなりに自分として充実していたころの自分

 

本来の私の姿が持つ”感覚”を思い出したら

安心と頼もしさを自分の中に感じた

 

そして

人に嫌われる私は幻想であり

また、嫌われたとしても

”本来の私”である限り

それはそれとして受け入れられる

きがしている

 

本来の私の姿を捨てて

父に同化しないといけないほど

私は弱かったし

精神状態が良くなかったのだろう

 

無駄なことをしているようにも思えるけど

”人間とはどういうものなのか”

を垣間見

自分を知ることができたので

人間としては

面白い体験ができたかもしれない

La・La・Land考察

ピアニストの男性が神経症的言動を
分かりやすくとっていたので

不幸にしがみついていないで
幸せに一直線で生きたかった

という最後の心の声が
よくわかった

でも、彼は本当の愛を知れたからこそ
本来の自分の姿で生きられるようになった

結末は悲しいようにも思えるけど

愛する異性と結ばれることだけが
幸せではなくて
自分らしくいきることも同じように価値がある

という
アナ雪に似たメッセージを感る

あなたは存在するだけですばらしい

仕事もせずただ生きていると

なんの役割も果たさない自分

に焦りと無価値感が出てくる

しかし
私には私なりの理由があって
今の状況がある

理由があるにも関わらず

このままの私が存在するだけですばらしい

と思えないことが
私の生きづらさの根本なのだろう


ひきこもりや不登校になる人
様々な原因で自死する人
その他対人関係で課題を抱える人は
自分の存在そのものを肯定できていない可能性が高い

本来
家庭のなかで十分に存在を肯定されることが
甘えられることのメリットであり
存在を肯定されてこそ
社会のなかで役割をまっとうできる
人間になれるのかもしれない

親になるならば
意識をして、具体的に声に出して

あなたは存在するだけで素晴らしいのよ

と子どもに伝える必要がある

子どもは判断力が未熟だから
大人以上に勘違いをする

自分が存在していいんだという実感を
与えることが
親や周囲の人間の愛情の示し方のひとつとして普及するといいな

私は正しい2

人が起こる理由は

”私は正しいと思っているから”

だと読んだ

 

それはそうだと思う

 

気になったのは

 

私は正しいと主張する人が

最初、”私は正しくない”と思わされた時に

”私の存在を否定された”

と感じた可能性がること

 

唯一無二である私の存在が正しくない

と否定されることは

誰にとっても苦痛で

怒って当たり前のことだと思う

 

しかし、存在を否定された苦痛をはっきりと意識できないために

”私の考えは正しい”と人に認めさせることで

自分の存在を肯定したいのではないだろうか

 

でも、自分の考えは、自分そのものではなくて

どんなに自分の考えを人に認めさせても

自分の存在を肯定することにはつながらない

 

私の存在は正しい

ということを

ただ自分で認めればいいのだ

 

自然に怒りは収まるのではないだろうか