ひよこがね

自分を好きになるためにできることを書いていきます

100万回生きたねこ考察2

コントロールは所有意識から始まる

100万回生きたねこは自分の命を他者にコントロールされていた

理由は常に誰かに所有されていたからだ

所有する側は所有される側のコントロール権を持つことになる

(たまに逆になることもあるけれど、それも所有者側の希望からはじまる)

 

コントロールがあるところには上下関係が生まれる

命や心といった自然的なモノは、

上の立場の意向次第で、簡単に価値が下げられる

 

 

結婚は究極的には所有欲?

最近、結婚とは最終的に所有欲であるという話を聞いた

所有して可能になることは、所有物を自分の意思でコントロールできるということ

もちろん、そこに良心があれば、相手を傷つけるようなことを積極的にはしないが

人は複雑なつくりをしているから、自分の意思とは関係なく相手を傷つけることがある

しかし、人は結婚し、家族をお互いにコントロールし合うことで何らかの欲求を満たしてきたのだろう

 

モノを持たない=所有欲を重視しない=コントロール欲を減らす

 

昨今は、シンプルライフや物をたくさん持ちたくない人が増えてきている

所有すればするだけ、自分がコントロールできるものが増ええる

別な言い方をすれば、コントロールしないといけないものが増えるということは

自分のエネルギーを使ってコントロールしないといけないものが増えることになる

 

所有されないパートナーとの関係

ねことしろいねこの結婚生活(?)は自然で、お互いを所有しているという印象を受けない

きっと、どちらかの気持ち次第では、簡単に関係性は変えられるだろう

しかし2匹の関係はとてもリラックスして心地よいものに見えるから不思議だ

確認をすると現状打破の効果がある理由

確認をする時は、暗黙の了解や非言語的な表現で共有されている物事を、あえて言語化して共有することにになる

 

たとえば、特に決めたわけでもないのに、なんとなく自分の仕事になった作業がある

そんな時は、顕在意識ははっきりと認識していなくても潜在意識で”この作業はひよこがやるものだ”と感じている可能性がある

私は、最初は良かれと思ってやっていたけれども、次第に”なぜ、自分ばかり?”と被害的になることがある

そこには、疲れているからとか、責任を感じてしんどいからなど、様々な理由があるけど、この理由すら顕在意識が意識できていないこともある

 

そんなとき、私があえて「この作業は、今まで私がしていたけど、正直しんどいときがあるんです」と言ったとする

すると、この時点で周囲の人は「はっきりと明確な理由もなく人に一つの作業を任せていた」「まかせていた作業が原因で、その人が辛い思いをしている」ということを顕在意識を使ってはっきりと認識することができる

 

ここで、はっきりと認識しても、状況を変えずにおられる人はなかなかいない

なぜなら、ここで、「あなたが辛くても、その作業はあなたが続けなさいよ」と悪者になりたい人はいないからだ

 

一般的道徳心に従って、そのごの作業の段取りが決められていくことになる

 

人々は、あえて潜在意識で感じていることを顕在意識で認識することを嫌がることがある

それは、認識することで、現状を変えざる負えないからだ

これを利用して、いじめや、各種ハラスメントは現状を維持し続けるのではなりだろうか

 

だからこそ、状況や自分の気持ちを明確に言葉にして、周囲に伝えることには現状を変える力が生まれる

 

そう考えると「言わなくても分かれ」「空気を読め」というのは、この言葉を発した人間の都合のいいように状況を運ぶための自己中心的な発言ともとらえられる

人が変わることが怖いと思ったら自分が変わることが怖った

子どもの頃の私が宇宙船に迷い込んで、宇宙人に追いかけられる夢

を定期的に見ていた

 

この夢の中で感じた妙な恐怖と、ワクワクは今でも覚えている

 

私は不登校になる前から

学校などの集団に入る前に、なんともの言えない気持ちになることがあった

あえて表現すると

 

異世界に入って、自分の居場所を得られるか分からない不安と

そこに同調して、自分が自分でなくなる恐怖

 

のような感じだ

この感覚は、ある程度なじんでいる集団にも感じるもので

もしかしたら、私の5月病や不登校癖(?)の正体のような気もする

 

私のよく知っているはずのものが変わる恐怖

 

これは、子どもの頃に見た宇宙船の夢の恐怖に繋がっているように思う

 

きっと、子どもの頃のどこかの時点にこの感覚の原点があるのだろう

 

そんなことを考えていたら

ふと気づいたことがあった

知っている世界が変わる恐怖から、私は自分を変えようとしていた

ことである

 

ここにきっとパラドックスがあって

私が周囲の変化を恐れるように、周囲も私の変化を恐れる可能性があるだろうから

私が変化することで、私への周囲の恐怖が、周囲の変化となって私に返ってきていた

のではないかということだ

 

気づかないうちに、私は私が変化することに恐怖を感じていたのかもしれない

私の恐れる変化とは何か具体的に考えると

たとえば、機嫌であったり、ものの考え方であったり、人当たりであったり、、

生きていれば変化して当然とも思えるものだが

私はこれらの本来自分である程度このトロールできるはずのものを

コントロールせずに、結果的に自分が自分に振り回されてきた

 

世間には変化することがいいことだという風潮もある

でも、変化しないことがあるからこそ、変化できるものがあって

変化しないことの大切さになんとなく気づけた気がしている

モノに執着することと、依存関係に執着すること

断舎利が流行してから私もモノを捨てた

本や服、CDから捨て始めて

最終的にお雛様をすてることにまでなった

 

今まではモノに詰まっている思いをだけをみてモノを捨てなかった

モノには、思い以外にも、持つことでかかる手間やスペースが必要なことは無視していた

モノの一面にしかフォーカスしていなかったから

どんどんモノを溜めて居心地の悪い家になっていった

 

これは、親との関係も一緒で

親に感謝しているからとか、昔は親にお世話をしてもらった思いに引きずられて

依存関係を続けると、不要なストレスや、自分の能力を無駄にしていくことになる

そして、自分自身の居心地が悪くなっていく

 

断舎利をしてよかったのは

モノとの付き合い方から、新しい親との付き合い方のヒントを得られたこと

もちろん、少しずつ家の住み心地も良くなってきている

30歳を過ぎて不登校の経験に思うこと

私は不登校だった

10代の頃や20代の頃はなぜそうなったのか悩んで自分を変えようとがんばっていた

 

今30代になって思うことは

不登校を経験したことは私の個性の一つなんだとということ

 

もちろん自分で望んで得たものではないけれど

自分なりに納得いくまで向き合ってきたから

良くも悪くも自分の一部として考えらえるようになっている

 

いつまでも、普通の人になること、理想の自分になることにしがみつくより

等身大の自分を受け入れて、自分との信頼関係を築いたほうが

人生は楽しくなるきっかを得られるようになる

 

親も、自分を責めたり子供を責めたりせずに

子どもと冷静に向き合て、信頼関係を作ったほうが

最終的には親の人生も子供の人生も良くなると思う

 

生きてさえいれば、記憶も環境も生き方もいくらでも変わっていく

 

 

そんな気がしてくる

ヒプノセラピー(催眠療法)体験記

突然ヒプノセラピーを受けることにした

私は1か月前にヒプノセラピーを2回受けている

 

常々興味があったわけではなくて

ただ、体調をなんとなよくしたいとの思いから

地元で受けられる心理療法について調べている時に見つけた

ヒプノセラピーに興味を持って

今の自分に必要なんじゃないかと思ったからすぐに予約をした

 

 

ヒプノセラピーを受けようと思った理由

これまで私は生きづらさを何とかしたいと思って

書籍やネットの情報を元に自己分析を続けてきた

そして、ある程度思考や行動を変えることはできたけれど

自分以外の自分を演じている感覚が消えなかった

 

最終的に、生きづらさが消えない理由は”爬虫類脳”と呼ばれる部分に記憶されている

原初的な記憶が残っているからではないかと思うようになった

別な言い方をすれば、潜在意識に刷り込まれている自己イメージや他者イメージ

に言動を左右されている状態と考えた

 

私はこれまで自力でなんとかすることを優先してきたが

こればかりは自力ではむずかしいし、もうこれ以上時間をかけたくない

という思いから、人に助けてもらうために

ヒプノセラピーを受けることを決めた

 

クリニックの選び方

ヒプノセラピー自由診療で行われる心理療法のようで

やろうと思えば、誰でもやれるようだ

正直、誰彼構わずやってもらうのはとても気が引ける

 

幸い、たまたま地元の医大出身の女医さんが

ヒプノセラピーをやっており

自己紹介文やクリニックの紹介を読んで

”この人なら私の経験を肯定しないまでも、否定的には捉えないだろう”

と思い、予約をした

自由診療なこともありお金はかかるが、安全料ということと

長期的に利用するモノでもない(2~3回が利用の目安のようだった)

ということで納得できた

 

私のヒプノセラピーの捉え方

詳しいことはよくわからないけど私が体験したことには

自分が普段意識できないけれど

確かに自分が持っている対人関係や自己イメージを

いわゆる”催眠状態”で意識し、ことばで表現しながら

セラピストとの会話を通じて、イメージを自分の望むものへと

変えていく作業といった印象を持った

 

 

ヒプノセラピーを受けた感想

正直、よくわからないままセラピーを受けたので当日はなされるがままであった

セラピーを受ける前にヒプノセラピーの説明を先生から受けた時

爬虫類脳の話が出てきたので、私が求めることをやってもらえるかもしれないと思った

また、過去に私は被暗示性が高い(催眠にかかりやすい)と言われたことがあったことを思い出し

前向きな気持ちで受けることができた

 

セラピストが話をよく聞いて、私の希望を具体的に聞いてくださったこともあり

セラピーを受けてから、生きづらさの感覚はとてもうすくなった

 

セラピー中には”家族機能が健全な家庭で育つと、こんなに生きることが楽なんだ”

と実感する体験があり、大切な収穫のひとつとなった

 

良好な結果につながったポイントは、先生と信頼関係をき築こうとしながら

セラピーに積極的に取り組んだこと

思考(建て前)などを極力無視して、自分の本心を出したことだと思う

朝を楽しくする

夜寝るのが嫌なのは
明日が楽しみじゃないからだった

だから
朝、楽しいことをすればいいのではないか
と思い付く

朝楽しいのが普通になって

仕事をはじめても
朝が楽しければ
とりあえず夜に寝て
朝起きるところまでは
普通に楽しく過ごせるはず

楽しい朝ってどんな朝なのか
計画している