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ひよこがね

自分を好きになるためにできることを書いていきます

センスを押し付けてくる友人

誕生日に服をプレゼントしてくる同性の友人がいる

私には15年以上付き合いのある同性の友人がいる

彼女は数年に1度、私に服をプレゼントしてくれる

しかし正直なところ

プレゼントされた服を着たことはない

サイズが大きく

個性的なデザインなので

どう合わせていいのかわからないのだ

むしろ何の変哲もないシャツをもらったほうが

使うかもしれない

私は自分の服を買うのも一苦労する

1.サイズが店頭に売られている服では大きい

私は低身長、低体重だ

そのため、低身長者向けに作られた服を買っている

ジャストサイズ服を着ると、気持ちも見た目も違う

2.似合う色や素材が限られている

これは誰でも当てはまるが、ある程度に合う色味や素材がある

私は青みがかった色で、コントラスト低め

素材はシフォンなどのやわらかめのものが違和感なく着れる

似合わない色を着ているときは、顔色が悪く、きつい人に見える

3.自分の好みと同時に、他者からの印象も気にしている

当たり前だが人の印象は見た目で決まる

自分の好きなモノだけを着ていれば

当然マイナスの評価をされることもある

私は

特に着るもので自己アピールをしたいと思っていない

しかも服を選ぶのは面倒くさい質である

好印象な服の着方というものは公式があるので

公式に合わせて選ぶようにしている

 

無言の「私のほうがセンスがいい」アピール

友人のセンスは否定はしないが

特に取り入れたいとも思わない

私は私で自分に似合うものを探すのが楽しいので

ほっといてほしい

ともすると

”私はお前よりセンスがいい””私はお前のことをよく知っている”

と言われてる気すらする

 

私は友人の持ち物か

衣類は、人のアイデンティティにかかわる一番大きいものかもしれない

衣類によって、気分、所属、自分の思想、色々なことが表現されるからだ

そのため共産圏では衣服すら国が決めることがある

その衣類を人に贈るとき

少なからず支配欲があるように感じる

(もちろん関係性や送る理由によって変わってくる)

友人はほかにも

私がドジをしたときに執拗にからかうなどの行為をする

(以前は迎合して道化ていたが、最近は完全に無視をしている)

モラハラの被害者になりやすい人は

このようなイジりを受け入れやすいのではないだろうか

 

人の個人的な趣味にかかわることは”提案”に抑える

友人同士ならお互いに服を選ぶ時など意見を言い合うことはある

しかし、本人に関することを最終的に決めるのは本人だ

押し付けではなく

あくまでも提案であり

お互いを知るためのコミュニケーションにとどめたい

 

 

余談だが

プレゼントは贈られた時点で役割を終えている

との言葉が頭をよぎったため

当たり前だが無理に着ることはない