ひよこがね

自分を好きになるためにできることを書いていきます

自分を好きになる:反省させると犯罪者になります

岡本茂樹さんという方が「反省させると犯罪者になります」

という書籍を書かれている

あらかじめ言うと

私はまだこの本を読んでいないが

タイトルとネットの書評を見て思い出したことがあるので

メモをしておきたい

 

なんのために反省するのか

反省はなんのためにするのかというと

結果的には

間違った行動を適切な行動につなげることではないだろうか

しかし

反省を人に求める人は

”人に反省をさせた自分”に酔っている人が多いように見受けられる

もし

人に反省を促しながら

”結果的にどう行動すればいいのか”

を提示できない人間は

反省させて自分の力を誇示したいだけの人だろう

人に反省をさせておいて

「どうすればいいかは自分で考えろ」

は無責任である

 

適切な行動を自力では見つけられる人ばかりではない

私は過去に発達障害のある人に社会のマナーやルールを

教えていたことがあります

(あくまでも会社の用意したカリキュラムを進めるだけ)

そこで嫌というほどわかったことが

発達障害のある人の脳の構造は

定型発達(いわゆる一般の人)の脳の構造とは

全く違うということです

つまり

一般の人が気づけることや

考え至る結果には

どう頑張っても

自力ではたどり着かないのです

 

また

モラルハラスメントをする人のことを知れば知るほど

モラルハラスメントをする人と一般の人とでは

物事の捉え方が180度違うということも思い知らされます

 

発達障害のある人や

モラルハラスメントをする人に

一般の人の作った社会が作った社会の望む行動を

自分で気づけと言っても

無理な話です

 

反省しなくても人は変われる

極論を言えば

間違いを犯した本人が反省をしなくても

周囲から適切な行動のとり方と

なぜ間違いを犯すといけないのかを説明して

本人が納得、行動の修正をしていけば

人は変わります

行動の修正をしたうえで

過去の間違いを起こした自分を振り返ったときに

「あぁ、自分は間違っていたんだな」

と反省する流れも一つの反省の仕方なのではないでしょうか

 

内心の自由は保障されている

反省を促すというのは

ある意味人の考えをコントロールしようとすることである

しかし

日本では内心の自由が保障されている

何を思い、考えようがそれはその人の権利である

もし

自分の思いを理由に加害行為を起こしたときは

責任を取ることが義務としてついてくる

 

思うことと、行動化することは

全くの別問題である