ひよこがね

自分を好きになるためにできることを書いていきます

怒りは捏造されたものであるについて思ったこと

アドラー心理学では怒りは二次感情だと言われています

この考えは実体験としても納得できるもだと思っています

 

怒りにつながる一時感情としては悲しみ、絶望、心配、不安などネガティブな感情の場合が多いでしょう

 

ここで疑問に思うのが

なぜ、一次感情が二次感情にまで変化してしまうのか

ということです

 

いくつか理由は考えられるのでしょうが

私が思いつくものは

・成育歴の中で周囲の人から学習した

・一次感情は無視されやすい

・二次感情のエネルギーが大きい

というものです

 

成育歴の中で周囲の人から学習した

特にモラハラのようなことをする親に育てられた人は

一次感情を表現しても親から適切に扱われなかったことが多いはずです

親から一次感情を適切に扱ってもらえないということは、自分自身も適切に扱うことができません

そこで、怒りを利用して一次感情を表現していくことになります

怒りというのは別な言い方をすると

「私は自分を守るために、あなたを攻撃する可能性が高くなっています」

という意味が込められていると考えてみるとします

 

優しい人などはこのような攻撃的、暴力的な表現が適切にできなくなっていく場合があります

怒りすら表現できないと、人は生きていくことが苦痛になるのではないでしょうか

 

一次感情は無視されやすい

一次感情となるネガティブな感情は悪いものだとみられる場面も多く、このネガティブな感情を扱うというのは、人によっては面倒くさいものです

 

気持ちに余裕が無いときや、自分のポジティブな感情に目を向けすぎると、自然なネガティブな感情を無視することにつながります

過去に、一次感情を表現して人から否定的な反応をされて、表現をすることに戸惑いを感じている人、ネガティブな感情を無視している人もいるかもしれません

一次感情を自分が感じ取り、表現や対処をする

一次感情を表現された人は、受け取って共感なり、受容なりをするなど

一次感情の扱い方は、ある程度適切な方法があるのでしょうが

これまで適切に対処できなかったということは、まだ適切な方法を知らないということなので

意識して学ぶ必要があります

 

二次感情のエネルギーが大きい

化学について全く詳しくないのですが

なんにしても一次的なものよりも二次的なもののほうがエネルギーは大きくなります

感情のエネルギーが大きくなると、自分も、周囲の人も無視できなくなります

 

怒りは捏造された感情となる理由は

「無視されないため」と考えることができます

 

実際、怒りを無視することは結構難しいです

怒りが表現されるときは圧倒的に、人にぶつけられることが多く

攻撃的、破壊的といった暴力的なニュアンスを含んでいるからです

 

怒りを無視することは、その後自分が傷付けられる可能性が高まることを連想させます

 

一次感情それ自体は、表現されても、相手からすれば「だから何?」と思われることも多いかもしれません。もし自分が相手を傷つけた場合など“相手にネガティブな影響を与えてしまった”など自分の見たくない自分をみる機会になるかもしれませんが、これはお互いに攻撃し合っているわけではないのです

 

本来人間はお互いに、一次感情に共感し、受容しながら対処することで生き延びてきたのでしょうが

現代社会を生き延びる方法の中で、特にネガティブな一次感情に対処する重要性が低くなってきているのでしょう

その代償として、怒りの重要性が高まりすぎたために、逆切れやモンスター○○が目立ってきたのかもしれません

 

人間も生物であり、感情が人間に備わっている機能である以上、ネガティブな一次感情に対処することは、依然として不安の種が残り続ける現代社会を生き抜くために緊急性が高い事案ではないかと思う今日この頃です

 

ーー

無視をされないために、人を攻撃するなんて悲しいコミュニケーションです

攻撃以外にも表現の方法はいくらでもありますが

なぜかいくつかの表現は「恥ずかしい」と思われています

自分が恥ずかしいから、人を攻撃するでは、自立した人間といい難いです

怒り以外に何かしらの表現方法をもっておくと

自分が高いストレスにさらされたときに救われるかも