ひよこがね

犬とおはぎが好き

100万回生きたねこの考察

こんにちは!

 

100万回生きたねこを読んだことがありますか?

 

私はあります

子どもの時に100万回生きたねこを読みました

 

何歳の時かは覚えていません

過去のことをはっきり覚え続けられない質です

 

ただずっと疑問に思っていたことはあります

「なぜねこは白いねこを好きになったのか」

 

白いねこは何が他の猫と違うのか?

 

全然分かりませんでした

当時は「白いねこがきれいだから」だと思っていました

 

結局見た目が大事だよね~

と子ども心に落胆していました

 

今でも結局人は見た目だが大事だよね~と思ってはいます

 

白いねこは自律している

100万回生きたねこ最近読み返してみました

 

子どもの頃に比べると微々たる経験ではありますが

人生経験を積んでいます

 

かなり偏ってはいるんですけどね・・・

 

改めて絵本を読んでみると

長年疑問だったねこが白いねこをすきになった理由に思い当たる節がありました

 

「白いねこがありのままの白いねことして生きているから」

じゃないかな?

 

今世界を席巻しているありのままブームが

この絵本には表現されているのかもしれない

 

白いねこは

ねこに気に入られようと気を引くこともしないし

我を忘れてねこの自慢に心を奪われることもない

精神的に自律しているように見える

 

「白」に何にも染まらない意味合いがあると想定すると

精神的に自律しているから白いうつくしいねこなのだろう

 

ねこは愛のない環境で生き続けていた

ねこが人間に飼われているときの他者関係は

常に支配し支配される関係で愛がないように感じます

 

常にねこよりも上の立場の者に支配されていて

ねこの死すらコントロールされてるんですよね

 

これは怖い

でも、現実世界も似たようなものです

何もネコやペットだけじゃなくて人間も同じですよね

 

絵本の中では 愛がありそうなシーンもあります

 

たとえば

おばあさんに飼われたネコは寿命を全うできたシーン

 

ただ、おばあさんが寂しい一人暮らしだったところを見ると

おばあさんは愛を知らなかったようにも思える

 

仮におばあさんが愛を知っていたとしても

 ねこは愛する対象というようり寂しを埋めるための道具だったのかも

 

ありのままを受け入れる白いねこ

白いねこは、ねこと出会った当初から

ねこの自慢を無視するのでもなく過大評価するのでもなく

ただありのまま「そう。」と受け止めています

 

ねこがめすねこになびかなかったように

白いねこがねこになびかない

 

ていうか白いねこはねこに興味ないですよね

 

かろうじて無視はしていないけど

 

はために見るとかなり反応が冷たい気がする

 

やっぱり見た目って大事ですよね(爆

 

ありのまま、尊重し合う関係に愛が現れる

白いねこもねこと同じく、自分自身がすきです

 

でも、ねこと白いねこの「自分自身がすき」は

少し質が違う ように見えるんですよね

 

ねこは自分の価値、評価を使ってコミュニケーションをしています

さらに、いつも他者から一歩ひいて本心を表現することはしていなかった

 

どこか、ありのままの自分を他者に受け入れてもらうことをあきらめている

ように感じます

 

でもこのコミュニケーション方法では白いねことのコミュニケーションは

うまくいかないんですよね

 

本心でコミュニケーションするしか

白いねことコミュニケーションを続けることはできないと

ねこは気づきます

 

立派なとらねこだから自分が好き

100万回しんだから自分が好きっていう

 

ねこの自己愛が

ねこ自身の全てをひっくるめて自分がすき

という自愛に変わった瞬間かもしれない

 

冷たいようで真に暖かい白いねこ

ねこの本心には「ええ」と白いねこも本心で応える

 

この対応が冷たく見える私はまだまだ青二才なのかも

 

でも、満たされている人の会話ってこんなもんなんじゃないかなって

思い始めているところもあるんです

 

きっとありのままに生きるねこ同士の本心の会話はこれで十分満たされるんですよね 

 

私もそんな経験してみたいわ

 

社会的立場ではなく、ありのままで生きる幸せ

ねこは100万回生きてても得られなかったものを

のらねこになってはじめて得たんです

 

自分を好きになり、自分自身を生きることができた

白いねこと本心でコミュニケーションすることで

生きることの幸せを体験することができた

 

自分を生きるってことを十分に満喫した

 

無駄なものはない

んじゃ、最初っから自分自身を生きればよかったんじゃね?

って思いません??

 

私は思います

辛いのは嫌です

 

いや、ねこが辛かったかはよくわからないけど

100万回も生まれ変わるくらいには不満だったのでしょう

 

100万回しんだ経験は無駄だったんですかね

この経験から何か得たんでしょうか

 

仮に回しんだ事実はねこにとって価値があったとすれば

本心を他者に隠して生きているときは「栄光」を手に入れるために

必要だったし

 

本心を白いねこに打ち明けて生きるようになってからは

「幸せをはっきりと認識するための基礎」として必要だったのかも

 

塩を舐めた後は砂糖がさらに甘く感じる的な感じですね

 

さすがに100万回はそうとうしょっぱい塩だと思う

 

やり残したことがあるから生まれ変わる

ここでさらに疑問

 

なんで白いねこは生き返らなかったのか

 

子どもの私はえ?って思いました

だから何?って思います

 

でも、今ならなんとなく分かる

 

ねこは生き返る未練がこの世に残らないほど

白いねことののらねこ生活に満たされてたんですよね

 

人が生きながら追い求めるものは、総じて幸せにつながっているけど

何が幸せなのかはなかなかな気づけないです

 

何をすれば、何を手に入れれば自分が満たされるのか

分からないまま幸せを求めてる人は多い

 

だからそれぞれが生きる環境の中で

出会いと別れを繰り返し

自分以外の幸せそうな誰かになろうとしながら生きていく

 

ねこも同じだったんでしょう

 

んで100万回生まれ変わってはたと気づいた

 

もう、野良猫で良くね?

って気づいた(あきらめた)瞬間があったんでしょう

 

今不幸なら

今とは逆のことをすれば幸せになれる!

 

そんな話