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ひよこがね

自分を好きになるためにできることを書いていきます

処分可能な私

「なぜ日本人は世間と寝たがるのか」

「「子供を殺してください」という親たち」

 

の2冊の本を斜め読みして腑に落ちたことは

 

私が感じていた根本的な恐怖は

「処分される可能性のある私」という感覚だということ

 

家族の一員として望まれる人間にならないと

友達として望まれる人間にならないと

職場の一員として望まれる人間にならないと

人の役に立つ人間にならないと

 

私は仲間外れにされ、見放され、生きていけなくなる

自分は、誰かの道具になる以外に生きる力のない人間だと

無意識に、しかしはっきりと感じている

 

”一家”は世間から処分されることを恐れ

親は”一家”から処分されることを恐れ

子は親から処分されることを恐れ

子は自分で自分を処分することを恐れる

 

そして、世間も、親も、私も、

抱えきれにストレスを感じると

”誰か”を過剰に非難し、自分は誰かを処分できる

立場にある人間だと確認することで

ストレス対処をする

 

自分の所有物だと思っていた子供が

自分の思い通りにならなかったら

親の権利を超えて

殺してほしいとすら言う

 

この処分スパイラルの最底辺の人間は

自殺をすることで、自分を処分することすらある

かもしれない

 

人間は誰かの所有物ではなく

例え子供でも

独立して生きる力と権利をもつ個人である

(超意訳)

 

たとえ頭では”独立してい生きる個人

”になることもできるを理解しても

日ごろの言動一つ一つが

 

1.個人は誰かの所有物である

2.個人は独立して生きる存在である

 

のどちらの思想を元に出てきた言葉か考えると

1が圧倒的に多いと気づいて

寂しい気持ちになった